ビバ!五十路!中年パンクスのハンドメイドブログ

五十路の中年パンクスによるハンドメイドに関するブログです。なるべく役に立つ内容にしたいと思います。

エゴ時々自己中のち晴れ!

おはようございます。

今朝も冷えますね。
だけど、窓は開けます(笑)

 

今日は少し、ハンドメイドの事とは離れたことを書きます。
が、作家活動や人間関係、恋愛、人生に繋がることだと思いますので
この記事がやくに立てばと思います。

 

自分の中にあるエゴに気づくことで人間関係が円滑になる。

ある動画を見てものすごく学ぶことがあったので、ここに記しておこうかと思います。

「エゴ」と聞いてどういうイメージを想像しますか?
エゴイスト=自己中、のようなイメージでしょうか?

自己中になってしまう「エゴ」
人間関係を拗らせてしまう「エゴ」

エゴとは「欲」のことだそうです。

 

生存本能欲・自己防衛本能欲

正当防衛などからもわかるようにボクたちは命の危険にさらされると本能的に身を守ろうとします。

強盗や暴漢に襲われ、反射的に立ち向かった結果、気がつけば・・・殺してしまった・・・とか、災害などで避難する時に我先にとなってしまって、気がつけば・・・他人を犠牲にしてしまった・・・とか。

これらの場合、裁判になっても無罪となります。
何故ならば、これらの「欲」は、ボクたち人間に基本的に備わっている生存本能欲・自己防衛本能欲だからです。

どうしようもない「エゴ」というわけです。

 

自己中状態を作ってしまうエゴ

上記のどうしようもない「エゴ」は究極、緊急の場合にのみ発動されるとして。
人に嫌われてしまう「エゴ」、自己中状態を作ってしまう「エゴ」は一体どうして生まれてしまうのでしょうか?

  • 優位に立ちたい
  • 輪の中心に居たい

すごいと言われたい、尊敬されたい、可愛いと言われたい、チヤホヤされたい、人気者になりたい、一番になりたい・・・

これらの「エゴ」を持つこと自体は、別に悪いことではないといいます。
一体どうして?

では何故、そういう人は嫌われるの?

それは

  • その「エゴ」を持っていることに気づいていないから
  • その「エゴ」が強くなりすぎて「執着心」にかわってしまうから

だそうです。

なんとなく分かりますよね。
そういう状態だと、自分さえ良ければいいという「自己中状態」に陥ってしまいますよね。

 

気づくことで解決

その類の「エゴ」に気づかないまま「自己中」になってしまい、それにも気づかないでいると、「自分さえ」「自分だけ」と自分を過剰に守ることになってしまいます。
攻撃が最大の防御と言わんばかりに攻撃的防衛になりやすくなってしまいますよね。

人はひとりでは生きていけません。
人は人と繋がることで、安心や幸福感を得ることができるのに、このような攻撃的防衛をしていては本末転倒ですよね。

 

何のために?

一体なにをなんのために守っているのか、守りに入ってしまっているのか?

そもそも、人間は弱い生物です。
羊などのように「群れ」で生きる生き物です。

その群れの生き物を捕食する肉食動物に捕まりやすいのは「群れの端」で、「群れの中心に近づくほど安全」であると言えます。

故に上記の、すごいと言われたい、尊敬されたい、可愛いと言われたい、チヤホヤされたい、人気者になりたい、一番になりたい・・・などの

  • 優位に立ちたい
  • 輪の中心に居たい

は、中心に居れば安心・安全だからという生存本能に従っているからだというわけです。

なるほどですよね(笑)

それが生存本能からくる「守られたい」「安心・安全でいたい」という「欲 = エゴ」はなくならないのです。
この緊急事態に関係なく、いつでも発動させることのできる「エゴ」も、誰にしもある「欲」であり、それに気づくことが大切だといいます。

 

気づくこと、自覚すること

エゴがあると不幸になるのでしょうか?
ここまで読んでいただけたら、そうじゃないなとわかってもらえると思います。

他人を羨ましく思ったり、嫉妬したりしてもいいんです。
それが生存本能からくるものなのだと「気づく」こと、自分はそういう類の「エゴ = 欲」を持っているのだと「気づく、自覚する」ことが大切なのです。

  • エゴはなくならない
  • 誰しもが持っていて当たり前
  • 気づくこと、自覚すること
  • 調和を意識すること

 

当たり前のようなこの思考、当たり前ではないですよね。
少なくともボクには刺さりました(笑)
ボクもエゴの塊なんだなぁと(笑)

この「気づき」は万人に通ずるものだと思います。
今日は、ハンドメイドクラフトとは一見関係ない内容になりましたが、もう一度よ〜く読めば他にも見えてきませんか?